時間を遡るラブレター『ソンジェ・アップ・トゥ・ユア』

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余命わずかなアイドルと彼を救おうとするファンの時間戦争

真夜中、漢江の橋の上で、車椅子が止まり、雨が降り始める。世界が終わったと思った瞬間、一人の男が傘を広げて近づき、静かに尋ねる。「大丈夫ですか?」しばらくして、その男はホテルの屋上から身を投げたトップスターとなり、ニュースの字幕にだけ残る。ドラマ『ソンジェ・アップ・トゥ・ユア』はこうして始まる。絶望の頂点から逆走し、ファンであり普通の青春であった一人の女性が愛する人を救うために時間の川に飛び込む物語を展開する。

物語の中心には、時間爆弾のように消耗していくトップアイドル、リュ・ソンジェ(ビョン・ウソク)と、彼を人生の灯台として生きていたファン、イム・ソル(キム・ヘユン)がいる。ソンジェは水泳の有望株である。高校時代、肩の怪我で水着の代わりにマイクを持つことになり、バンド『イクリプス』のボーカルとして韓国を代表するトップスターの地位に上り詰める。外見上はファンとスポットライトに囲まれた華やかな生活のように見えるが、実際には極度のうつ病と燃え尽き症候群の中で中心を失いつつある。まるで水の中でゆっくり沈んでいく人のように。

一方、ソルは19歳で交通事故に遭い下半身麻痺を経験した後、映画監督の夢を諦め、車椅子に頼って生きる青春である。病院のベッドで偶然見た新人バンド『イクリプス』のステージ、そしてインタビューで「生きていてくれてありがとう」と言ってくれたソンジェの一言が、ソルが人生の糸を手放さない唯一のアンカーとなる。それ以降、ソンジェはソルの言葉通り「生きている理由」そのものである。まるで暗闇の中で唯一輝く星のように。

問題は、その星があまりにも早く落ちてしまったことだ。ある夜、コンサートを見た後、就職面接に行く途中、障害を理由に再び門前払いを受けたソルは、漢江の橋の上で偶然ソンジェと出会う。ソンジェはファンかもしれないことも知らず、車椅子が止まったソルに傘を差し掛けて消えてしまう。それが二人の最後の挨拶となる。数時間後、ニュースの速報はソンジェの極端な選択を伝える。病院に向かっていたソルは、大切にしていたソンジェの時計が川に落ちると、無我夢中で身を投げてそれを掴もうとする。真夜中の瞬間、時計が輝きながら巻き戻り始め、ソルが体を起こして目を開けた場所は…15年前、2008年の夏、MP3が全盛期で、サイワールドのミニホームページにBGMを慎重に選んで入れていたまさにその時代である。

強い願いが願いに変わる

高校生時代に戻ったソルの前には、まだ水泳部のエースであり普通の19歳の少年、リュ・ソンジェが立っている。同じ町に住んでいながらお互いを正しく知らなかった二人の時間は、この時から完全に歪む。ソルは「この人の死を防ぐ」という唯一の目標のために過去の時間割を修正し始める。ソンジェが肩の怪我をしないように阻止し、水泳の代わりに芸能界に向かわせた分岐点を消そうとする。同時に、高校生時代に一度片思いしていた学校のイケメン、キム・テソン(ソン・ゴンヒ)まで絡んできて、奇妙な三角関係が形成される。

しかし、このドラマが本当に興味深い点は、ソルが過去を変えようと努力する中で知る意外な真実である。自分は一度も記憶していなかった瞬間、ソンジェはすでにその時からソルを愛していたということ。誤配された宅配便、雨の日に傘を渡しながらすれ違った縁、水泳部と一般高校の交差する視線。ソンジェの目には常にソルがいた。ソルがソンジェのファンになるずっと前から、ソンジェはソルの「オタク」だった。この一方的なファン心の方向が実は最初からお互いを向いた双方向の矢印であったという設定が、このドラマの最大の感情的エンジンを駆動させる。

タイムスリップのルールは思ったよりも残酷だ。ソルが未来について話そうと口を開くたびに時間が止まったり、状況が奇妙に歪んだりする。言葉で説明できないなら行動で防がなければならない。だからソルは小さな事件一つ一つに全身で介入する。ソンジェの水泳大会を阻止しようとし、母の火災事故を防ごうと走り回り、ソンジェの芸能界デビューを煽る人物の名刺を盗んで消そうとする。その過程で、ソンジェの友人であり後にイクリプスのリーダーになるペク・インヒョク(イ・スンヒョプ)とも絡み、バンドが結成される前の姿、10代の少年たちが音楽を夢見ていた初々しい時代の生々しい肖像を共に見る。

しかし「過去を変えれば未来が変わる」という原則は思ったよりも残酷に機能する。ソンジェの死を防いだと思ったら、別の形の危険がブーメランのように戻ってくる。ソルを狙う連続誘拐犯と殺人鬼、ソンジェを追いかける執着のある犯罪者、そしてこのすべてを取り巻くエンタメ業界の暗く粘着した影まで。ソルが一度介入するたびに別のタイムラインが開かれ、その中で誰かが生き残り、誰かが全く異なる傷を負う。現在と過去、高校時代と大学時代、成功した映画監督になったソルの生活と依然として危ういソンジェのスター生活が交差しながら、ドラマは複数の平行世界を観客の前に展開する。まるで鏡の迷路のように。

後半に進むにつれて、この物語は単なる初恋のタイムスリップロマンスを超えていく。何度も繰り返しと失敗の末にお互いに到達しようとする二人の執拗なラブストーリー、そして「ファンとスター」という非対称な関係をひっくり返す叙事詩に拡張される。ソンジェは何度もタイムラインでソルを守り、ソルはそのタイムラインを記憶する唯一の観察者として再び過去に飛び込む準備をする。最後にどのような選択が待っているのか、結局どの時間が二人の最終着地点になるのかは、直接ドラマを見て出会うのが良い。この作品の結末は単なるハッピーエンド/バッドエンドの二分法よりも少し複雑で余韻の深い感情を残すからである。

ジャンルの境界を自由に越える技術

ジャンル的な側面で『ソンジェ・アップ・トゥ・ユア』はタイムスリップ・ロマンティックコメディ・青春成長ドラマを非常に巧みにブレンドした作品である。設定だけ見ると非常にウェブ小説的で漫画的だが、これを意外にも真剣に、そして感情的な振幅を生かして押し進める。「私が愛するスターを救うために過去に行く」というややファンフィクションのような想像を、単なるオタクのファンタジーではなく、人生と死、うつ病と回復、愛と責任についての物語に引き上げる。

構造的に見ると、このドラマはタイムスリップの繰り返しを非常に賢く活用している。似たような時点に何度も戻るが、ソルの選択が変わるたびに周囲の人物の生活が少しずつ異なって流れていく。同じ事件が何度も変奏されることで、観客は「今回は違うのか?」という緊張感を自然に抱くことになる。まるでゲームのマルチエンディングを一つずつ開いていくように。例えば、ソルの事故が起こったその日、あるタイムラインでは車椅子の事故と誘拐に繋がり、別のタイムラインではソルが先に備えて警察に通報し、また別のタイムラインではソンジェが代わりに大きな傷を負う。このように時間を巻き戻して再び再生する実験が、全体のリズムを作り出す。

キャラクター構築も堅実である。リュ・ソンジェ(ビョン・ウソク)は「すべてを持つ男」のように見えるが、実際には最も危うい人物である。イケメン・才能・人気・誠実さをすべて持っているが、その分多く搾取され、より大きな責任感に押しつぶされる。少年時代の純粋さと成人時代の無力感が同じ顔の中に共存するキャラクターであり、ビョン・ウソクはこのギャップを表情と目線だけで説得力を持って埋める。ステージ上では驚異的なカリスマを放ちながらも、ソルの前では依然として高校生時代の不器用なときめきに戻る瞬間が偽りなく伝わる。

イム・ソル(キム・ヘユン)は外見上はオタクに真剣な明るいファンだが、深い無力感と罪悪感を抱えて生きる青春の顔をしている。事故後「生き残った人」として残されたという罪悪感、障害を持つ女性として経験する日常の差別と挫折がソンジェという存在と絡むとき、この人物は単に愛を勝ち取りたいヒロインではなく「ゴールデンタイムを取り戻したい人」として読まれる。キム・ヘユン特有の速く生き生きとした話し方とコミカルなリアクションはソルの愛らしさを最大化し、感情が高まるシーンではこれまで積み重ねてきた感情がダムが崩れるように一度に溢れ出す。

脇役たちもそれぞれの役割をしっかり果たしている。高校時代から大学、成人時代までソルとソンジェの周りを囲む友人や家族、バンドメンバー、所属事務所の関係者はそれぞれ小さな物語と動機を持っている。ペク・インヒョク(イ・スンヒョプ)は友人でありバンドリーダーとしてソンジェの才能を最も信じる人物であり、同時に誰よりも早く彼の異常信号を感知する人物である。キム・テソン(ソン・ゴンヒ)は最初は「初恋の片思いの男」という典型的な役割で登場するが、ソルに対する感情と罪悪感、成長過程が重なり合い、立体的なキャラクターとして整理される。彼らが生み出す友情と葛藤、そして年を重ねるにつれて変わる関係性がドラマの感情線を一層豊かにする。

時間の質感を視覚化する演出

演出面では、高校時代の暖かくふんわりとした色合いと現在の冷たく鋭いトーンを対比させ、時間の質感を視覚的に表現する。特に雨・雪・水・光を活用したシーンが印象的である。時間移動の媒介である時計、漢江の橋、水泳場、コンサート会場などの空間は複数のタイムラインにわたって繰り返し登場し、観客の記憶の中に一つの象徴として刻まれる。まるで音楽のサビのように。

OSTとバンド『イクリプス』の音楽も重要な役割を果たす。ソンジェの歌は単なる背景音楽ではなく、人物の内面を直接的に表すモチーフであり、ソルが過去と現在をつなぐ感情の橋の役割を果たす。実際、ドラマ放送当時、OSTと劇中バンド曲が音源チャートの上位を独占し、叙事と音楽が共にシナジーを生む「成功した」ドラマとして位置づけられた。

もちろん、すべての面が完璧というわけではない。後半に進むにつれて連続殺人やストーキング、タイムスリップのルールが一度に絡まり、一部の視聴者にはやや過度に複雑で刺激的な叙事と感じられるかもしれない。ソンジェのうつ病や極端な選択といった敏感なテーマがドラマティックな装置として消費されるという批判も可能である。しかし、この作品は少なくともその苦痛を軽く装飾したり、装飾的要素としてのみ活用しようとする態度を維持している。ソンジェの苦しみは単なる「シンパの燃料」ではなく、芸能産業の構造・ファン文化・個人のメンタルヘルス問題まで同時に映し出す三面鏡として機能する。

忘れられた感情を爆発的に引き起こす

大衆的な愛を受けた理由は結局一つに帰結する。このドラマは「ときめいて泣かせる」感情のローラーコースターを非常に精巧に設計した。学び舎の廊下、夜自習の後に帰る暗い夜道、初めて聞いた歌、その時は知らなかった誰かの目線のような記憶を時間旅行の包装紙の中に丁寧に詰め込んで届ける。だから海外でも『Lovely Runner』というタイトルで熱い反響を得て、K-ロマンスの新しい代表作の一つとして位置づけられた。

初恋や学び舎の時代に対するわからない郷愁がしばしば押し寄せる人にとって、『ソンジェ・アップ・トゥ・ユア』はほぼ直撃弾に近い。廊下の端のロッカーの前、運動場の片隅のベンチ、遅い夜のPC房の路地のような風景の中で、「あの時、もう一度走って言えたら」「もう一度勇気を出せたら」とすれ違った選択を思い出すことになるだろう。

アイドルを好きになったことがある人なら、さらに深く共鳴するポイントがある。誰かの音楽に寄りかかって一日を耐えた経験がある人なら、ソルがソンジェを見つめる視線と彼を救いたいという気持ちが誇張されたファンタジーではなく、非常に現実的で切実な感情として感じられるだろう。逆に、常に誰かの期待を受けながら耐えなければならない立場にあった人なら、ソンジェが外見上は笑っていても内心で徐々に沈んでいく姿が見慣れたものに見えるだろう。

そして最近「時間を戻せたら」とよく思い浮かべる人々にもこの作品を勧めたい。『ソンジェ・アップ・トゥ・ユア』は時間を巻き戻すファンタジーを許可するが、同時にこう言うドラマである。戻しても完璧にならない時間があり、変えてもどこかに傷が残るのだと。それでも誰かに向かって最後まで走り続ける気持ち自体が、すでに私たちの人生を少しは違う方向に導いているかもしれない。

この言葉を少しでも信じてみたい夜なら、このドラマがあなたの時間をとても柔らかく、しかしかなり長く揺さぶってくれるだろう。

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